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青い花のイメージ 体験談より・・・

〜人生を変えてしまったサイレントキラー『糖尿病』との闘い〜

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僕が、初めてこの病気と正面から向き合ったのは、平成16年3月の事でした。

ただ、今から思い起こせば10年くらい前からすでに、病気を発症していたのでしょう。

僕は、今から28年前に大学進学と同時に、九州の熊本へ行く事になりました。

親元から、放れたと言う解放感と自分自身の気の緩みもあり、生活は乱れ切っていました。

睡眠時間、食事など規則正しいと言う言葉とは程遠いものでした。

以前から多く食べる習慣があり食べ過ぎる傾向にありました。

そのような生活習慣で学生時代を過ごし、その後パソコン関係の営業の仕事につきました。

今から24年前の事です。

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当時はパソコン自体の性能が今みたいに優れていなくて、

メンテナンスに想像以上の時間を費やしていました。

朝7時から深夜12時まで働き、時にはお客様の所でそのまま朝を迎える事も

珍しくありませんでした。

この時体は、かなり無理をしていたんでしょうね。

そんな事をしながら10年の月日がたちました。

ところが、ある10月の朝、体にある異変を感じました。

「疲れただけだろう」と安易に思い、そのままにしておいたのです。

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2日程で症状は治まりました。この時僕は、重大な体からのサインを

見過ごしてしまったのです。

それはサイレントキラー『糖尿病』の最初の警告だとも知らずに!

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そんな事があってから初めての健康診断で色々と指摘されました。

それでも僕は軽く考えてしまい放置してしまいました。

もしあの時きちんと医療機関にかかって治療していれば

今このような悲惨な状態にならなくて済んだでしょう。

それにこんな体験談を語る必要もなかったでしょう。

それから体調が思わしくない日がたまにあるようになり、その後転職致しました。

新規一転頑張るつもりで、今度は180度違う職種につきました。

手作りパンの仕事です。

そのうえ夜勤専門でした。

仕事自体はとても楽しく、自分自身にもピッタリの仕事だと思っていました。

そんな勤務体制ですから当然の事ながら昼夜逆転の生活が待っていました。

アルコールの量も次第に増えていきました。

これでもどうにか体は頑張ってくれていました。

それからやがて10年と言う月日が過ぎていきました。

平成16年3月2日の朝。

運命の日は何気ない日常に突然やって来て牙をむき出しました。

そうです。

その時こそが、サイレントキラー『糖尿病』からの最終警告だったのです。

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その日は、春まだ遠いある雨の朝でした。

仕事が終わり、会社の浴室である事に気づいたのです。

左足の小指の横に5ミリくらいの靴擦れのような傷を発見しました。

「何だろう?」と思いそのまま家路につきました。

ところが、昼過ぎて目が覚め、外に行こうと起き上がった瞬間、

体が鉛のように重苦しい感じがし、訳のわからなくなりました。

少し立ってから、左足の小指の横の傷を見たら大変な事になっていました。

色が黒ずんでいて熱をもっていて硬くなっていました。

とりあえず近所の皮膚科に行く事にしました。

そこの先生から「火傷はされませんでしたか?」と聞かれましたが、

心当たりはありませんでした。

それから2日間飲み薬と点滴で様子を見ましたが改善されません。

すると、あるベテラン看護師さんから「糖尿病はお持ちではありませんか?」と

聞かれましたので、その時はわからないと答えたような覚えがあります。

翌日、大きな病院に行き検査をしてもらいました。

検査結果が出て診察室へ入って、最初の一言が

「今日は、お一人で来られたのですか?家族の方は?」

ある程度悪い結果は予想しておりましたが、これ程悪いとは思っていませんでした。

 

「残念ですが、左足は早急に切断しないと命が危ないです」

 

その言葉を聞いた次の瞬間、一体今何が起こったのかとても理解出来ませんでした。

しばらく言葉が出ませんでした。

その時の血糖値が「620」でHbA1cが、13・8もありました。

とんでもない数値でした。

それから広島の両親に連絡したら、大変驚いて、次の日に飛んで来てくれました。

家財道具はそのままで、急きょ広島に帰り治療を始める事になりました。

25年間住み慣れた熊本に何の思い出に浸る事も出来ないままに・・・・・。

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治療が始まりました。

徹底した食事制限と薬物治療の日々が続きました。

それは又、空腹との闘いでした。

空腹のあまり、夜中にタオルをかんで空腹に耐えました。

治療の効果が徐々に出てきて血糖値が「250」まで下がりました。

ただ血糖値が「200」にならないと足の手術が出来ないのです。

足のケアは一日3回、医師と看護師の4人がかりでしていただきました。

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あとから聞いたのですが足の小指の骨がむき出しになっていたそうです。

壊疽を起こしていて全く痛みがありませんでした。

それから1週間程してから手術の日が決まりました。

その日は平成16年4月15日でした。

手術の前日は殆ど眠れませんでした。

夜中にベッドの横に自分自身の足で立っていると自然と涙がこぼれ落ちて来ました。

自分自身の足で歩いたのはそれが最後となりました。

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翌日、夕方4時から手術が始まりました。

これまでの人生でこれ程情けない気持ちになった事はありません。

1時間半程で手術が終わり麻酔が覚めてみると、そこには変わり果てた自分がいました。

怖くて左足を見る事は出来ませんでした。

それと同時に自分の体ではないような気がしました。

幸い術後の経過も順調で、少しずつですが気持ちの方も落ち着きを取り戻しつつ

ありました。

ところが、悲劇はさらに僕に襲いかかりました。

主治医の指示で眼科を受診する事になりました。

検査を受けて先生の話を聞いた時に自分自身の耳を疑いました。

 

「残念ですが、おそらく失明するでしょう。

万が一、失明しなくても、光を感じる程度でしょう。」

 

もうどうやって病室まで戻ったのかも良く覚えていません。

日を追う毎に視力が落ちていくのがわかりました。

どうする事も出来ないのです。

もう毎日が何をしても気持ちがついて行かなくなりました。

夜中に、ベッドに座り込んで色々と考えていました。

もうどうでもよくなり、このまま死んでしまおうと思いました。

近くにあったシャンプーを飲んだのですが、死に切れませんでした。

やがて朝になって、看護師さんが来られた時に、昨夜の出来事をすべて話しました。

ところが看護師さんは、逆に落ち着いてこう言われました。

 

「私達がいつもそばにいるから、心配しないで休んで下さい。

あなたが命を絶ったら、それはとても悲しい事ですよ。

決してひとりではありません。

皆んなであなたを応援しますよ。」

 

そう言って、僕の手をしっかりと握ってくれました。

僕は、この時の看護師さんの優しい言葉にどれ程人の優しさを感じ、

生きる勇気をもらった事でしょう。

生涯忘れる事はないでしょう。

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それから5ヶ月入院生活が続き、リハビリも順調に進み平成16年8月31日に

退院いたしました。

辛くて長い入院生活でした。

退院の時にあの時の看護師さんが目に涙を浮かべて「良く頑張りましたね」と

声をかけてくださいました。

あれから3年たって、今は腹膜透析も導入する事になりましたが、今も多くの人に

支えられて、前を見て生活しています。

この体験で感じだ事は、どんなに辛くて苦しくても、決してひとりではないし、

諦めてはいけないと言う事です。

それと同時に、そんな人達に対して常に感謝の気持ちを忘れてはいけないと言う事です。

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僕は病気によって失うものもありましたが、逆に得るものも沢山ありました。

今後もいろんな人の手を借りて生きて行く事でしょう。

それと、他の人にはこのような恐ろしい体験はして欲しくないのです。

そのためにも、患者さんのために語り続けて行きたいと思っています。

何よりも患者さん自身のために・・・・・。

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本当に辛い毎日でした。

何度も言いますが、僕はあの看護師さんの優しい心に助けていただきました。

本当にありがとう。

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